※※注意※※

====この記事は、後に「暗黒騎士ガイア」と呼ばれることになる、

幼名「こうでん のりかず」が書き記したものを、

現代語訳したものである====

 

 

昨日は初めてスノボーをやった。なかなか難しかったが、ほんのすこしだけ滑ることができるようになった。

よき友人たちに恵まれたからに違いない。

どうやってこの感謝を伝えればいいのか。

ありがとうとは言うけど、それ以上にありがとうなのだ。

友人というのはいいものだ。決して裏切らない。

ところで、私がこのように遊びに行くことができるのも、進路が決まったからに他ならない。

昨年の夏、私はひどく落ち込んでいて、精神状態はかなり悪い状態にあった。

私立の入試があるというのに、現実逃避をし続け、毎日夜中まで友人とツタヤ巡りをし、韓国ドラマを見ながら、一番搾りを飲んだ。

当然のことながら、私立は全落ちだった。

でも、当時の私は試験が終わったことに達成感をもって、それで満足だった。

完全なアホである。

10月に入って私は横浜を去ることに決めた。横浜にいたら、勉強ができないと思ったからだ。

いわば私は横浜を捨てたのである。

盛岡に戻ってからは、勉強漬けになった。朝、目覚めたら、ご飯を食べ、勉強をし、昼飯を食べたら勉強をし、夕飯を食べたら、YouTubeでらんまを見て寝た。

そうやってなんとかアホな私は国立大学に受かることができた。

でも、失ったものもあった。当時私にはパートナーらしき女性がいた。

当然アホな私は盛岡に帰ることも報告せず、とにかく自分の未来のために時間を費やしたのである。

もちろん、その女性はどこかに行ってしまった。

しかし、私は何の後悔もない。盛岡で勉強した時間はどうしても私に必要な時間だったからだ。

あの時盛岡に帰らないこともできた。他にも可能性はいくらでもあったが、決断をしてきたのである。

今の私は数々の決断の上で成り立っている。積み重ねである。

今の私が私であり、その他の私はどこにもいないのである。この今の自分を受け入れなければならない。

惜しい人を失ったことに対する後悔の念は振り払えない。しかし、わずかな可能性に望みをかけるのはアホである。しっかり諦めて次に行こうと思うのだ。

そして、できればガッキーと結婚したい。

私は別のわずかな可能性に望みをかけた。

続く

 

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いかがだっただろうか。

私がこの詩を取り上げた理由は、この部分。

 

「数々の決断の上で成り立っている。積み重ねである。

今の私が私であり、その他の私はどこにもいないのである。この今の自分を受け入れなければならない。 」

 

環境がどうとか、遺伝がどうとかということよりも、

今の自分以外はあり得ないし、受け容れるべきだということ。

 

最後に、いつまでも失敗や環境から精神的に抜けられない人に送ります。

 

フィールドでプレーする誰もが必ず一度や二度、屈辱を味わわされるだろう。

打ちのめされたことがない選手など存在しない。

ただ、一流の選手はあらゆる努力を払い速やかに立ち上がろうとする。

並の選手は少しばかり立ち上がるのが遅い。

そして、敗者はいつまでもグラウンドに横たわったままである。

―ダレル・ロイヤル(テキサス大学コーチ)

 

ぱおーん